中山道@江戸・日本橋から K美濃路・大井宿を歩く
2009年11月14日(土)〜2010年11月8日(月)各回(50人前後)とも天気に恵まれ、終日、雨の日はなかった。
私たちが京都三条大橋を目指して江戸日本橋を七つ立ちしたのは2009年11月14日。以来、毎月1回(2010年8月は除く)の山行を重ね、10月24日、木曽路・宮ノ越で中山道69宿、135里余(約540km)の中間地点を過ぎた。思い返せば寒風の吹き荒ぶなか武州路を歩き、満開の桜に酔いしれたのは上州路の高崎宿であった。天下の奇峰・妙義山を間近に見て、中山道屈指の難所・碓氷峠を越えて信濃路に入ったのはさわやかな新緑時。秋風が吹くようになって木曽路は実りの秋、紅葉の秋を迎え、私たちは歩く楽しみを十二分に味わった。
中山道は江戸時代の五街道の一つであるが、本陣、脇本陣、立場、高札場、一里塚、石畳など、現存する史跡や遺跡は多い。これらのものに出会い、往時を偲ぶのは街道歩きの喜びであるが、こんな出会いもあった。奈良井宿を抜けて、鳥居峠にさしかかったとき、菅笠を被り、甲絆、脚絆を身につけひも付きの草履を履いた妙齢の女人三人が現れたのだ。鳥居峠のオキツネ様のお出迎えかと思ったが、シッポがない。彼女たちは「木曽福島までお買い物」といいおいて足早に峠道を下っていった。
また、木曽路の宿場には重要伝統的建造物群保存地区に指定されている所が多々あって、宿は民宿となり、多人数収容できない。私たちも妻籠宿は分宿だった。A宿では馬刺しが供され、宿の主が正調「木曽節」を歌ってくれたそうな、B宿では栗ご飯にキノコのみそ汁が出てとてもおいしく、おひつのご飯をお代わりしたとか、こんな出会いは大歓迎ですね。
宿場のはずれ、辻々には、道祖神、馬頭観音、庚申塔、お地蔵様などが旅の安全を祈って祀られている。往時、旅人の難儀は計り知れぬものだっただろう。私たちはヤオヨロズの神様にお願いして難儀を「歩く喜び」に変え、2011年5月11日、京都三条大橋のゴールを目指す。
エイ・エイ・オー!
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