第三回日本横断夢の縦走① 富山湾~劔岳~立山
(2015.8.21-24)

 第三回目の日本横断夢の縦走はこれまでとはコースを変更し、日本列島を横断すると共に、日本に存在する3,000m峰21座の踏破をめざしてスタートした。昨年12月からトレーニング山行を重ね、9名のメンバーがこのプロジェクトにチャレンジする。精鋭の第1期生、花の第2期生に続き、第3期生をチャレンジャーの第3期生と名付けた。

  隊長のジャンボ高橋
渋い山屋の中村
ニコニコ大臣の横山
カモシカの船戸
教育係の武沢
春風の大場
ふんわりわたあめの原
努力の中村
           スーパーパワーの野澤   (以下;敬称略)

8月21日(金) 曇  一般道を歩く(早月川河口~伊折)   
            行動   5時間
            夕食   赤飯・サンマ蒲焼・ポテトサラダ・味噌汁

 2015年7月に予定していた今山行は台風11号のために8月に延期された。東京駅7:20発 北陸新幹線かがやき503号に乗車、9:34富山駅に到着。金沢でのゴルフの試合を終えて駆け付けた野澤が改札口で合流し、予約のジャンボタクシ-で早月川河口を目指す。登山者を山に連れていくことはあっても海へ連れていくのは初めての経験だと運転手さんは言う。訳を話すと、お元気なことで・・とあきれている。早月川の河口で、お神酒を注ぎ、隊長手作りの玉串を捧げて山行の安全を祈願した後、富山湾の海水を汲んでザックに収める。来年田子の浦で流すのだ。

   
 

  今日は一般道歩きである。固いアスファルト道を歩く。みなマメができないように足の指や付け根にガムテープを貼っている。ジャンボ隊長による気合い入れ、「日本横断夢の縦走 行くぞ! オー 行くぞ! オー 行くぞ! オー」、日本横断の毎朝の恒例行事である。
 
   幸い今日は曇りである。途中まではコンビニあり、自販機ありで水の心配はいらない。大きなザックを担いだ一団が 一列に歩いている。農家の庭先で老婆が「どちらへおいでなさるの?」といぶかしげに声をかけてくる。劔岳までと答えると「へえ~」と驚いている。ほかのメンバーは「最後は太平洋まで歩くのよ」。老婆は何も言わない、話を信じたかどうか定かでない。
 



 20km余りを歩いて、今夜は伊折地区に幕営の予定である。とても登山口の馬場島までは歩けない。事前の調査ではこの辺に集落があったようだが、今はどうなっているのか皆目わからなかった。インターネットで調べると近くに「劔いおりの郷」なる施設があり、電話すると調理用の水や翌日の行動水は提供してくれるとのことであった。16:00予定通りいおりの郷に到着。代表理事の酒井勲夫妻が我々を迎えてくれた。かつて220世帯、1,100人が暮らしていたこの地区の集落は、現在では急激な過疎化が進み、ほとんど人が住んでいない。だが、先祖代々の墓地や氏神の社は集落に残っており、祭礼やお盆には町に出ていった住民も集まるとのこと。
 いおりの郷は、過疎集落等自立再生対策事業として国の補助を得て、村おこし事業を始めたばかりだそうである。今はつるぎ生うどん、この地域に伝わる「ご馳走さん」と呼ばれるワラビ煮やアザミ煮を真空パックにして製造販売している。 

   

 幕営するという我々に、酒井さんはすぐそこに親せきが住んでいた空き家があるから、泊っていきなさいよ、と親切に勧めてくれる。今夜半から激しい雨の予報である。わずかばかりのお礼をして、ありがたくご厚意に甘えることにした。
 空き家とは言え、大黒柱と太い梁、囲炉裏のある古民家で、室内も整頓されている。水車が家の脇にあり、水を流せば今でも使えるとのこと。「ご馳走さん」をつまみに古民家で歓談していると、事務所に酒があったんで飲んでください・・と酒井さんから一升瓶の差入れである。この満寿泉は富山の銘酒ですよ、と山屋の中村。口あたりも良くのどごしもやわらかい。うまい!
一同感謝感激の面持ちである。

     

日本横断の船出を祝して、食当の船戸・横山が赤飯を用意してくれた。
ありがとう。

【富山湾早月川河口 10:45 いおりの郷 16:05】
 
8月22日(土) 雨  雨の早月尾根(伊折~馬場島~早月小屋テン場)
               行動   9時間
            朝食   クスクスのトマトリゾット
            夕食   牛丼・海藻サラダ・味噌汁

  4:00起床、朝食、パッキング、スト レッチの後、武沢の気合入れで出発する。
今日は朝から雨である。県道を2時間歩き、やっと劔岳の登山基地・馬場島に到着である。ここで行動水と調理用の共同水を2~3リットル背負う。登山口には有名な「試練と憧れ」の大きな石碑がある。集合写真を撮る。







 早月尾根は北アルプス三大急登の一つ 、いきなりの急登から始まる。相変わらず雨は降り続いている。そして60リットルのザック中にはシュラフ、テント、コッヘル、ガスや食器、食料がギッシリ詰まっている。2時間ほどして女性メンバー一人のスピードがガクッと落ちる。休憩を告げるとそのまま登山道に体を横たえ目をつむっている。顔に雨が落ちる。雨とは言えカッパを着用、熱中症だろうか、みんなで荷物を分担する。回復を待って、再び歩く。しばらくすると横山が足をつりそうだというつり薬を飲ませしばらく休んで、また歩く
しばらくすると今度は反対側の足をつりそうだという。野澤のマッサージを受ける。横山は「石の段差が大きく塔ノ岳とは違う」などと言っている。細かい段差を拾いながら歩かないとダメよ、と教育係の武沢。歩みを緩め、以後30分に1回の休憩をとることにする。
 無慈悲な雨は降り続いている。パンツの中まで雨がしみている。ザックもびしょびしょ、靴の中にも雨は侵入してくる。カッパを着ていようが着ていまいが、変わりはない。カッパを着ないほうが涼しいとカッパの上衣を脱いでいる者もいる。
 降るなら降れ! 明日の分まで降ってくれ、コンチクショウ!
 幸いにも無風である、低体温症の心配はない。
 14:00 早月小屋に到着。幕営をやめて小屋の素泊まりに変更しようとするも、満員を理由に断られ、乾燥室の使用はもちろん、自炊室の利用もすげなく断られる。仕方ない、水はけの良い場所を選んでテントを張り、濡れた衣類は着干しすることとする。テント内は不快指数100%だ。
 夜の夕食のメインは牛丼である。フリーズドライの牛丼をお湯で溶かし、玉ねぎのスライスを入れて煮る、ご飯の上にかけて食べるとなかなかイケる。うまい。水で戻した海藻サラダは、ジャコのトッピングが効いている。みんな元気が出たようだ。
「試練」の早月尾根でしたね~と横山が言う。三日も四日も歩くと雨に降られる日が一日はある。劔岳へアタックの日でなくて良かった。夜半の星が明日の好天を約束してくれた。
 
【伊折5:10  馬場島7:50  早月小屋14:00】


8月23日(日) 晴  劔岳に登頂(早月小屋~劔岳~剣沢テント場)

            行動   8時間45分
            朝食   にゅう麺(餅入り)
            夕食   ご飯、麻婆春雨、高野豆腐煮物、味噌汁

 3:30起床、にゅう麺にスライス餅を入れた朝食を摂り、パッキング、テント撤収、ストレッチの後、隊長より、今日がこの山行の核心部である、重いザックに体を振られないようにと注意がある。メンバーのうち5人は初めて劔岳に挑戦する。女性の中村は緊張で眠れなかったらしい。4:45に出発。テント場で気合い入れは迷惑なので、しばらく歩いて船戸が気合い入れ。眼下には雲海が広がっている、今日はよい天気だ。しばらく樹林帯を歩く。徐々に岩稜帯となり、斜度も増す。隊長は岩稜歩きの経験の少ない横山を2番手で歩かせる。
抜きつ追われつしていた6人パーティーと話を交わす。当会と交流のある名古屋の不惑山の会のパーティーと分かりお互い急に親近感が増す。
いよいよ劔岳直下である。ここは気の抜けない登りであるが、鎖とボルトが整備されており、両手両足を使って慎重に登れば問題はない。ニコニコ大臣から笑顔が消え、緊張の表情である。






   

 別山尾根からの登山道と合流し、 8:50劔岳に到着。快晴の劔岳頂上はお祭り騒ぎである。ほとんどが劔沢からピストンの登山者である。山屋の中村がメンバーに北方稜線の峰々やルートなどを教えている。30分の大休止、頂上を堪能して下山を開始する。









 カニのよこばいは例によって大渋滞である、しばし停滞。昔と違ってよこばいの足探りの第一歩は、親切にも赤い矢印で場所を示している。順番が来た、隊長が後ろのメンバーに要領を説明しながらわたり始める。鎖につかまりながら矢印の上に左足を置き、右足を真下に伸ばしりスタンスを探る。右足の置き場を確保できたらあとは簡単だ。左足をおろし、そのまま鎖につかまり10mほど横にカニ歩きをすればわたることができる。わたった者が後続に足や手の置き場を指示しながらわたらせる。
  よこばいから長い梯子を下り、平蔵のコルに降り立つが、またしても平蔵の頭への鎖場で渋滞だ。左にカニのたてばいが見える、鎖が幾重にも光っている。劔岳南壁にとりついているクライマーも見える、劔岳を振り返り「あそこに登ったなんて信じられない」と原が言っている。






















 13:30テント場に到着。さっそく、濡れたテント、シュラフ、衣類、ザックなどをテント場の周りに張られた立入禁止のロープに掛けたり、広げたりして、干す。みなは剣沢小屋で仕入れた500ミリの缶ビールを早く飲みたいらしいが、隊長は、乾杯はやることをやってから、と厳しい。
一段落してテントの外で石に腰かけ車座になり乾杯。みんな濡れた靴下を脱ぎ捨て裸足だ、ふやけた足を自慢しあっている。至福の時である。みなホッとした表情だ。今日は一日中アドレナリンが出っ放しでした・・とは横山の言。
登山者は多かったが、テントを背負って劔岳を縦走しているのは我々だけであった。

【早月小屋テン場4:45  劔岳8:50  剣山荘12:50 
 剣沢小屋テン場13:30】
 
 
8月24日(月) 晴  日本三大霊峰・立山雄山神社で安全祈願
            (剣沢小屋テン場~立山三山~室堂)

            行動   6時間05分
            朝食   カルビスープ(餅入り)

 3:00起床、カルビスープに餅を入れた朝食は、なかなか美味であるが、しゃぶ餅が厚いのか5枚と枚数が多いのか柔らかくならない。バーナーに食器をかけ少し煮ればよいのだが、時間もないのでボリボリ噛み砕いてそのまま胃袋に押し込む。
 4:05ヘッデンをつけ出発。隊長は今日はのんびり最後尾を歩くと言って先頭をカモシカの船戸に任せる。劔御前小屋と別山の分岐まで歩き、大場の気合い入れで、別山までの急登を行く。夜が明け、劔岳の霧も晴れる。別山から望む劔岳が最も美しい。鉛のような山容は見るものを圧倒するに違いない。別山乗越から空身で別山をピストン。

 今日は最終日とあってみな表情にゆとりがある。いったん大きく下って立山三山を目指す。まずは富士の折立、そして立山最高峰の大汝山(3,015m)である。最初の3,000m峰である。頂上からははるか槍ヶ岳も見える。次は雄山である、雄山神社で安全祈願のお祓いを受ける。イケメン神主に女性陣は盛んに写真撮影している。

 
 
 

 室堂に下り、みくりが池温泉で4日ぶりの入浴である。ボディーシャンプーがなかなか泡立たない、二度洗いしてやっとさっぱりする。温泉の食堂で乾杯し、テン場代、タクシー代、ビール代、食糧費など一人当たり8,000円を清算する。メンバーそれぞれが役割を果たし、チームワークよく山行を終了した。            
【剣沢小屋テン場4:05   別山5:13 富士の折立7:13  大汝山7:35雄山8:10  みくりが池温泉10:10】