日本横断夢の縦走パート2 F 平岡〜浜松 (2011.4.29−5.1 歩行距離 109.0km) |
2011年4月29日〜5月1日、飯田線平岡駅〜浜松駅までの一般国道歩きを実施する、これは南アルプス光岳を下山後に御前崎へ繋ぐ為の区間である。 重荷を担ぎ、舗装道路をひたすら歩く様はまるで修行僧であった。 |
参加メンバ− 隊長の坪井 ジャンボ高橋 テント生活師範の左光 心配性のマリア 最年少の鶴飼 いぶし銀の関 成長著しい長島 (以上7人、敬称略) |
4月29日 平岡〜池口岳登山口〜遠山郷
行動 4時間10分(歩行距離 16.3km) 夕食 釜揚げうどん、切干大根煮物、 新横浜から新幹線に乗ったメンバ−と東海道線に乗ったメンバ−は小田原駅で久し振りの再会である、皆口々に太ったと云う。 新幹線は速い、小田原の次が豊橋で1時間足らずである、飯田線に乗換える、ガラガラを予想していたのであるが始発である豊橋から満席である、のんびりしていた我々は立ち席だ、この電車はロ−カル線の見本の様である、まずドアは手動である、しかもボタンを押して開くのではなく、本当に手で開くのである、動き出すと駅と駅の距離が短い為直ぐに停まる、また単線であるので上下線のすれ違いの待ち時間が多く長い、再長は一つの駅に22分間も停まった、 没法子・・・・・ 3時間25分ものロ−カル線の旅、やっと平岡駅に着く、新リ−ダ−となったイブシ銀の関によるストレッチ、やはり新リ−ダ−で成長著しい長島の気合入れ・・・・・どうも長島の気合入れが上手く行かない、「日本横断夢の縦走 行くぞ! オ−!」この文句が中々出てこない、マリアの助けを借りてやっと終える、 ムー・・・・・ 隊長は「足の裏のマメの出来そうな処にガムテ−プを張る用に」等と注意する。 天竜川沿いの平岡駅より418号線を遠山川沿いに右岸を北上する、しばらく行くと左岸に遠山郷が見えて来る、本日の幕営予定地である、レストラン、トイレ、ベンチ、無料の足湯まである、しかしながら肝心のテントを張る場所が無い、暗くなってから人目を避けて、目立たない場所に張るしか無いかな−等と思いながら、取り合えず光岳からの下山口である木沢まで行って戻る事にする、ところが遠山郷から300m程歩くと、遠山川の河原に格好のテント場を発見する、ここを本日の第一希望にしよう等と話ながら歩く。 木沢の手前3km、池口岳登山口(大島バス停)で15:30となり引き返す、先程見つけた河原にテントを設営、近くにス−パ−、トイレ、水場もあり申し分なし、早速ビ−ル等を仕入れ、橋の下に丸太で席を作って反省会である、何やらホ−ムレスの宴会めいた様子なのであるが、当人達は全く気にせずに楽しんでいる。 今回の食当はマリアと長島である、テントを張れない時は旅館に泊まるので、共同食は次回にも転用の効くもの、と云う指示だったので苦心のメニユ−は、釜揚げうどん、切干大根の煮物である、うどんの汁にはス−パ−で買って来た肉も入っている、美味しい! ジャンボは久し振りのテントで調子が出ないのかエアマットと食器を忘れて来たと言い、隊長に食器を借りている。 今回は大きいテントに男性4人、小さいテントに女性3人と分ける。 かくして日本横断の後半戦は、遠山川河原の橋の下で第一夜を迎えた。 平岡11:58 池口岳登山口15:38 遠山郷16:10 4月30日 遠山郷〜龍山町瀬尻 行動 11時間40分(歩行距離 48.1km) 朝食 ス−プ、餅 夕食 カレ−、海藻サラダ 昨夜は夜中に目覚めて、ザ−という川音に雨かと思ったと云うメンバ−が何人もいた、4:50出発、秋葉街道(信州街道)を快調に南下、2時間程で青崩峠手前である、この先2km程地図上は破線になっているが道は無く工事中である、左手の山の迂回路に取り付き青崩峠に出る、鶴飼が落書帳を見つけ、左光とマリアが今回仕事で不参加の坂本にメッセ−ジを残す。 草木トンネル前に出て再び舗装道路を南下、幾つものダムを見ながら、ひたすら歩く、全員登山靴ではなく、底の柔らかい運動靴を履いているのであるが、足の裏が痛いと言う、 隊長は初日から足の裏にガムテ−プを張って補強しているせいか何でも無い、JR城西駅に入る、電車に乗る訳ではなくただの一休みである。 本日の計画では天竜道の駅まで行く予定であるが、どうも今日中に着きそうに無い、 17時には行動を打ち切ってテント場を探す積もりである事を皆に話す、長かった水窪(みさくぼ)を過ぎ、龍山町に入ると何気なく通り過ぎようとしたバス停で、隊長は一寸待ってと言う、バス停の奥にある待合所を目敏く見つけたのだ、きれいな2階建ての建物、 1階の待合室は8畳程の広さがあり、コンクリ−トの床で壁際にイスが並んでいる、仮に今晩雨となっても全く心配ない、直ぐ近くにトイレがあり、表通りからは見えない裏側におあつらえ向きのベンチがある、斜め向かいには食料品店まである(勿論酒も売っている)、龍山町瀬尻の繁華街バス停0分、超A級の物件である、即決する。 最終バスは19:15なので、それまでは表通りからは見えないベンチで反省会とならざるを得ない、食料品店で水を貰い、ビ−ル、梅っしゅ、冷酒等を買い込む、「今日の一般道歩きはキツカッタな− が・は・は・は・は」等と品の悪いことは言わず、謙虚に反省する、マリア、鶴飼はベンチに座らず、地べたでヨガのようなストレッチを続ける、夕食のカレ−、海藻サラダは日本横断の定番だ、美味しくいただく。 最終バスの確認後、待合所に戻り床に銀マット、エアマットを敷き、シュラフに入る、 外を通る人も車もほとんど無い様である。 遠山郷4:50 青崩峠7:30 水窪10:57 城西駅12:09 龍山町瀬尻16:28 5月1日 龍山町瀬尻〜浜松駅 行動 11時間35分(歩行距離 44.6km) 朝食 ス−プ、餅 昼食 鰻丼 3:40起床、霧雨の中4:55出発する、浜松まで46kmの標識が出て来る・・・昨日に当初予定していた天竜道の駅まで3時間半も掛かる、昨日は瀬尻バス停に泊まって良かった、イチゴを2パック買い一休み。 ここからが長い、黙々とひたすら歩く、鶴飼が遅れ出す、足のマメが潰れた様だ、天竜二俣で無念のリタイアとなる。 6人は浜松を目指す、浜北区於呂で由緒ありげな鰻や「にゅうやっこ」に入り鰻丼を食べる、美味い! マリアは「浜松に行ったら鰻を食べておいで」と友人に言われた等とニコニコ話している。 11:30 さあ、もう一頑張りだ、浜松駅に16:30位に着くであろう、ただひたすらに歩く、長島が好調である、昨シ−ズンが終わってから重量を担いでトレ−ニングしたと言う、今回は鶴飼やマリアの荷まで分担する、努力は人を裏切らないものである。 今回は左光も好調だ、あの細い体で弱音を吐かず、しぶとく付いて来る、マリアが遅れ出す、左光が面倒を見ている、先頭の隊長は後ろが多少遅れても、ある程度のスピ−ドを維持して引っ張る、浜岡まで4kmの標識が出る、射程距離に入った、3km、2km、1kmと過ぎもう0の筈であるのに未だ浜松駅に着かない、どうやら駅は標識0の先であるようだ、左折500mで浜松駅の表示あり、 16:30着いた・・・・・ 先程までは風呂に入りたい様な事を言っていたが、今はとにかく新幹線で帰りたいの一点張りである、まずは16:48発のこだまに乗り込む、やれやれである。 今回は2日目の行程で青崩峠の破線部分2kmを30分と計算してしまい、実際は山道を迂回して2時間以上掛かった事、更に10km程の足し算をしなかった部分がある様で予想外に時間が掛かった、2泊ではなく3泊でやるべきであったと反省する。 今回は金の掛からない山行であった、鰻丼を含め一人3,800円の精算であった。 龍山町瀬尻4:55 秋葉ダム6:15 天竜道の駅8:25 浜北区於呂11:00 浜松駅16:30 |