中央分水嶺踏破シリーズ4

三国峠〜甲武信ヶ岳〜毛木平 山行記

 

分水嶺シリーズ4回目の山行は、三国峠を起点に埼玉、長野県境の分水嶺を通り、甲武信ヶ岳に登るコースだ。一般登山道ではあるものの、アップダウンが激しいロングコース。小雨の中、隊を2つに分けてビバークする場面もあったが、翌朝の天気は、分水嶺シリーズで最多となった参加者への神からの祝福であった。

 

 


5月29日 金曜日 雨

 週間天気予報は、曇と雨を行ったり来たりしていたが、結局、ぱっとしない見込みのまま前日となる。しかし、荒れた天気になる心配はなく決行とする。甲武信ヶ岳は、甲州、武蔵、信州が交わる分水嶺の要所で、分水嶺踏破関東シリーズの西の起点になる場所である。ここを第一回目の山行にしてもよかったのだが、三国峠以北の薮のコースを残雪期に済ませておきたかったので、今回まで後回しにされていた。分水嶺シリーズで、初めて全コース一般登山道ということで、16名というシリーズ最多のメンバーとなったが、登山道だからと言って、楽なコースとは限らないことを認識することになった。

 分水嶺シリーズ恒例の、22:26分、高尾発の普通電車に乗り込む。混雑していた車内も韮崎を過ぎる頃には、乗客もまばらとなり、小淵沢に着くころには貸し切り列車となった。中央線のホームの待合室のベンチでは、早い時間の電車で来ていたメンバーが既にシュラフに入っている。後発組は小海線のホームの待合室に行く。こちらの待合室は、中央線のホームの待合室よりも少し小さいのだが、こちらで10名が寝ることになった。4名はベンチに、6名はマットを敷いて下に寝る。小淵沢ホテルの常客は、さっさと寝る態勢を取っていくが、慣れてないメンバーは、安定した場所の確保に苦労したようだ。確かに、16名というのは、小淵沢ホテルのキャパシティーを越えていて、快適ホテルとは言えなかったかもしれないが、どこでも熟睡できるということは、山の技術の第一歩でもある。

 

5月30日 土曜日 小雨

 待合室の入口にツバメが巣を作っていて忙しく飛び回っている。来るたびに季節の移り変わりを感じる。曇空ではあるが明るい朝。6:10発の小海線始発に乗り、信濃川上で降りる。間もなくマイクロバスがやってきた。かなり年季の入ったバスである。真ん中の通路にザックを積み上げる。満席状態で、山道を登れるかどうか心配したが、うとうととしている間に峠道を登って三国峠に着いた。前回は峠の頂部に築かれていた冬期通行止めのバリケードは撤去されている。今日の天気予報は、午前中は曇り空で、午後からは雨とのことだったが、峠まで登ってくると、霧雨の中にいるような状態で、早速、雨具を着込む。



幕営予定の甲武信小屋までは、9時間のロングコース。十文字小屋に着いた時点で、天気とメンバーの余力の具合で、先に進むかどうかを判断することにする。ストレッチ、自己紹介をして、8:10、尾根に取り付く。甲武信ヶ岳までの尾根筋は、左側は埼玉県、右側は長野県である。三国山から甲武信ヶ岳までを歩けば、埼玉/長野県境の制覇、そして、荒川源流域の制覇が叶う。甲武信ヶ岳は、日本一長い川、千曲・信濃川の源流の地でもある。

しばらく歩くと、先頭から歓声があがる。何事かと思って行ってみると、シャクナゲの群生だった。濃い色のつぼみが、開くとともに淡いピンク色に変化していく。あちこちに群生があらわれて目を楽しませてくれる。





9:35梓白岩は長野側を巻く。石灰岩でできた岩壁が濡れて白く光っている。登れそうな気もするが、落石の危険もありそう。



10:10 弁慶岩の手前では、整備されたばかりの階段を登る。上ったり下ったり、標高差は小さいのだが、小刻みの登りに体力を使う。



十文字山への肩で、先頭から「このピンクの花なあに?」の声。ラストを歩いていた堀さんは、ひと眼見てランですと答えるが、名前はわからなかった。帰宅後調べてもらったところ

「ホテイラン」。なんと、絶滅危惧TA類

の珍しい花だった。



11:40十文字小屋に着く。シャクナゲが素晴らしい。昼食タイムとする。



天気は、良くもならず悪くもならずという感じ。ここまでは、コースタイム通りで歩けている。故障者はおらず、予定通り甲武信小屋を目指すことにする。昼食を食べ、11:55に出発。

ここから大山までは、急登が続く。鎖場では3グループがかさなって大渋滞。休憩後の急登で2名が足つりを起こすが、ほどなく回復。12:50混雑した大山山頂をパス。



武信白岩山は、2度もニセピークにだまされて14:00に到着。

14:16尻岩を過ぎて三宝山への登りにさしかかると、岡野さんのペースがぐっと落ちる。



服がぬれて体が冷え切っているようす。上半身を乾いた服に着替えて、しばらく歩くが、寒さは収まらない様子。これ以上ペースを落とすと、甲武信ヶ岳に着くのが夜になってしまう。リーダが隊を分けてビバークする判断をくだす。14:50登山道を少し広くなったところを占領してテントを張る。メンバーが持っていた予備水を集めて、テント一張り分の水を確保する。無線での連絡手順を決め、連絡がつかなかった場合には、明日、本隊に往路を引き返してもらって合流することを決め、本隊は甲武信小屋を目指して出発した。




テントに入り、濡れた服を全部着替えるが、まだ寒さは収まらない。そこで、藪クイーンが山葡萄酒のお湯割りを飲ませる。すぐに顔に血気がもどる。さらに、鰭岳姫がエイヒレをあぶり、僕が持ってきた5合の日本酒でヒレ酒を造る。温かいお酒と、天使のような二人の献身的な介護によりすっかり元気を取り戻した。キノコ、ナス、下味をつけた豚肉など具沢山の野菜カレーを食べて体力を取り戻す。外は、次第に雨が強くなってきた。6時の無線連絡の時間になり、433.36MHzで堀さんをコールするが返答がない。この雨の中、まだ歩いているのだろうか。15分ごとにコールするが返答がない。7時になっても連絡がつかない。なにかあったのだろうか? 隊の予備水をここに残して行ってもらったので心配だ。本隊は経験豊かなメンバーがそろっているので、大丈夫だと思うけれど、、

水は4リットルほどある。明日の朝食までの水は心配ないが、明日の行動用の水が不足している。明日の行動に備えて、雨水を確保することにする。はじめは、フライシートから流れてくる水を集めていたが、効率が悪い。荷物用に張ったチェルトのシートに凹みを作って溜まった水をすくう方法は、なかなかいける。極めつけは傘の利用だ。逆さまに置いておくと、雨水を集めるロートのようだ。夜中までに4リットルほどの雨水を集めた。

 

5月31日 日曜日 晴れのち雨

 未明に風の音で目を覚ます。傘が飛ばされないか心配になり外に出る。ふと上を見ると、なんと星が輝いている。まったく期待していなかっただけに元気が出てくる。先ずは、雨水の処理をする。三角巾を使ってゴミを越したあと、煮沸する。若干色が付いているが、十分に飲める水ができた。昨日、置いて行ってもらった清水は行動用として分配し、朝食は雨水で作る。おいしいモチ卵スープができた。テントを撤収し、荷物を整理していると、急に周りが真っ赤になる。振り返ると真紅の朝日が昇ってくる。こんな色の朝日を見たのは初めてだ。やはり、無線は通じない。本隊がこちらに来る前に合流したい。4:50、入念にストレッチをしてから出発する。しばらく行くと登山道は雪になる。ずぼずぼと落ちた後が沢山ある。昨日の本隊は苦労して登ったのだろうか。今朝は、雪がしまって歩きやすい。5:33、不意に三宝山の頂上に飛びだす。思いの外、近かった。

 



ここだったら、楽にテントが張れ、水も周りの雪で確保できる。南側にある小岩の上にのると、甲武信ヶ岳との右に富士山がくっきりと見えている。三宝山は、実は甲武信ヶ岳よりも高い山なのだが、すっかり主役を奪われてしまっている。少し下って、甲武信ヶ岳に登り返す。6:20堀さんをコールしてみると、ようやく返答があった。あと、10分ほどで頂上に登ってくるとのこと。山頂で再開を祝い集合写真を撮る。


本隊は昨日、5時前にはテント場に着き、雨が強くなったのはテントを張り終わった直後だったとのこと。お互いに、無地で何よりだった。

相馬さんの気象分析によると午後からは雷雨とのことで長居は禁物。6:35山梨県と長野県の県境の尾根を下る。尾根の左側は富士川だ。しばらく行ったところで、分水嶺を離脱して、千曲川源流へ下る。しばらく、下ったところに、立派な源流の碑が出てきた。源流の地とは思えない様な広い場所だ。この日は、残雪の下から最初の流れが始まっていた。



ここからは、千曲川源流にそって下る。支流を次々と合わせて、どんどん水流を増していく、さすがに日本一長い川。源流にもその雄大さが感じられる。ダケカンバから白樺へと林相が少しずつ変わっていく。





9:47毛木平の駐車場に着く。携帯電話は通じなかったが、たまたま他の客を向いにきたタクシーにマイクロバスを呼んでもらう。あずまやで休んでいると雨が降り出してきた。残ったお酒で宴会をしながらマイクロバスを待つ。

 

 


 

今回の山行では、隊を二つに分ける判断をした。サブリーダとして参加した山行では初めての経験だ。今回のようにルートがはっきりしている場合には、事前に約束事を決めておけば、パーティの再合流も難しくはない。しかし、薮のコースでは、一旦、隊を分けてしまうと再合流は至難の業だ。そんな時の備えのために分水嶺シリーズには無線機を持ってきている。今回、図らずも、使用する状況に出くわした。ビバーク地は、携帯電話は圏外。無線機が活躍するはずだった。しかし、標高2270mのビバーク地から、1700m離れた、標高2360mの甲武信小屋まで無線は通じなかった。無線機には、八ヶ岳を超えて遥か大町の局は強力に入感していたのに、この距離で聞こえないはずがない。堀さんも、何度も呼びかけてくれたそうだが、やはり、通じなかった。地形図を良く見てみると、三宝山か南東に延びる尾根の2398mの尾根が100mの壁となって電波をブロックしたようだ。相手が近すぎて、電波が回り込めなかったのかもしれない。次回は、回り込み特性の良い145.36MHzでトライしてみよう。

いろいろとハプニングはあったものの、予定通り、分水嶺を踏破できた。これまでの4回の山行で踏破した距離は、およそ60km。本州の分水嶺 2800kmの2%強を踏破したことになる。まだまだ、先は長い。でも、一歩でも歩けば、一歩目標に近づく。

 

5月30日 歩行距離 8.9km 行動時間 6:40 累積登攀標高 1430m 累積下降標高  880m

5月31日 歩行距離 9.5km 行動時間 5:00 累積登攀標高  570m 累積下降標高 1320m