2010年11月1日〜3日
分水嶺13 尾瀬
悩みに悩んだ、さまよいの旅

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 今年の秋は、薮のロングコースを連続して企画しているが、その中でも最長のコースが、今回の、尾瀬から帝釈山を経て安ヶ森までを4泊5日で歩く計画。文化の日と、その前の土日を、強引にくっつけて5連休を作って臨んだ。しかし、思わしくない気圧配置に、台風まで加わって、計画は大幅変更。結局は、尾瀬の一般道を歩いただけに終わった。それでも、豪雪地帯の冬の始まりを身をもって体験し、思い出に残る山行になった。

 平日を2日も挟んでの日程に、参加者が何人集まるか心配したが、5名のメンバーが集まった。安心できるコアメンバーばかり。今回のコースは、尾瀬を起点に、群馬/福島/栃木の三県境である黒岩山から、栃木県境沿いに北上するルートである。いったん雪が降ると福島側のエスケープルートが使えるのは、6月以降になってしまうので、尾瀬へのアプローチが冬季閉鎖になる直前の、この時期に計画をした。
 1週間前には詳細計画書を作成しメンバーには配布したが、群馬県警への郵送は留保していた。どうも、天気予報が芳しくなかったからである。毎日、週間天気予報と、予想天気図を眺める日が続いたが、台風14号が日曜日に関東地方に近づく予想となり、土曜日の出発を断念。台風通過後の月曜日から3日間に短縮することにする。予定のコースでは黒岩山を過ぎての最初のエスケープルートは馬坂峠だが、3日間で馬坂峠を目指すのはリスクがある。そこで、目的地を変更し、分水嶺12で到達できなかった本谷山〜丹後山に行くことにする。日曜日の晩に十字峡小屋まで入っておけば、丹後山から大水上山をピストンすることも可能だ。大水上山まで到達しておけば、5月連休に入山する際、三国川沿いの怖いトラバースを避けて中ノ岳経由のルートを選択することもできる。木曜の晩にメンバーに連絡し、会、新潟県警、群馬県警にも計画書を送付した。
 しかし、金曜日の晩になると台風14号の速度が増し、土曜日の晩には関東南部を通りすぎてしまう予報となった。日曜日は、まずまずの天気になりそうだ。またまた悩みながら計画の練り直しをする。日曜日に朝立ちすれば、鳩待峠から馬坂峠まで抜けられる。山行計画を作成したが、メンバーへの送付は思いとどまった。直前での頻繁な計画変更でパーティの集中力が低下するのは避けたかった。

10月31日 日曜日 晴れ−夜雨

 そして日曜日の朝となった。台風は昨夜のうちに通り過ぎ、ところどころ青空も見える。しかし、新潟県の月曜日の降水確率は80%以上。晴れ間は今日限りのようだ、月曜日以降も、群馬側は20%以下だが、日本海側は60%以上の降水確率だ。中止にすべき、という理性も働くのだが、苦労してとった5連休。無駄にするのもつらい判断。悩んでいるところにサブリーダのTbより電話。「中止にはしないよね」の声に、「行きます」と返事をする。
 東京13:52発の「とき365号」に乗る。対向6人席に陣取る。皆さん、午前中は中止の連絡を待っていたようだ。でも、ここまで来たら、とにかく登山口までは行くしかない。今回の計画のことで悩んでも仕方がないので、来秋までの登山計画の相談をする。越後湯沢で在来線に乗り換え、六日町でタクシーに乗る。途中、八海山の看板を掲げた金城酒店に寄ってもらい、「純米吟醸 八海山」の4合瓶、1800円也を買う。店には「試飲できます」の表示はあったが、愛想のないオヤジだった。十字峡に近づいて行くと、雲が広がってきた。やはり、天気は下り坂なようだ。
十文字小屋
十字峡小屋で乾杯

 16:30 十字峡小屋に到着。1階は売店になっていて、2階が避難小屋になっている。売店は、毎日5時まで営業しているとのこと。宿泊費¥1,000/人を払って2階に上がる。噂には聞いていたが、カメムシだらけ。先ずは掃除。備え付けのガムテープには「カメムシ用」とマジックで書かれている。ハエ取り紙よろしく、これで、カメムシを捕まえるのだ。優に百匹は捕まえた。テーブルと座布団を使わせてもらって宴会の準備。八海山で乾杯をしてシシャモを焼いていたら、売店のおばさんがムカゴの煮付けと漬物を差し入れてくれた。ムカゴは酒の肴にぴったりだった。メインディッシュは豆乳鍋。いつものごとく、初日から飲みすぎた。

11月1日 月曜日 雨−晴−夜雨

十文字小屋を下る
後ろ髪を引かれつつ十字峡小屋を後にする

 4:30に起床。ラジオの天気予報を聞きながら朝食。予想されていた通り、二つの低気圧に挟まれて広い範囲で雨。太平洋側は午後には回復する予報だが、日本海側はしばらく回復は見込めない。皆で作戦会議をする。実行するのであれば、今日は丹後山まで登り、避難小屋に泊まる。翌朝、藪に突入するかどうかは、明朝の天気で適切に判断しさえすれば危険度は高くない。僕自身は決行する気持ちになっていたが、メンバーの顔には全く闘争心が感じられない。前向きの気持ちがない状態で山に入ることは、それ自体、大きな危険要素となる。残念ではあるが、撤退を決意する。しかし、水曜日まで3日間の休みがある。このまま帰宅するのは余りにも悲しい。そこで、こんなこともあろうかと思い持ってきた尾瀬の地図をテーブルに広げる。群馬県の明日以降の降水確率は低い。今日のうちに、戸倉に入り、火曜日、水曜日で、鳩待峠から尾瀬沼までの分水嶺を歩くことで、意見がまとまる。
 7:36に出発。ここは携帯が繋がらないので、バス停がある野中まで歩くことにする。最初は小雨が降っていたが、歩いているうちに青空が広がってきた。まったく悩ませてくれる天気である。何度も立ち止まっては、後ろを振り向く。ガスが晴れた山が、おいでおいでと手招きをしている。しかし、このような状況で判断を帰るのはタブーだ。思いを断ち切って、前に進む。
沼田駅
青空が広がる沼田駅前

山ノ鼻キャンプ場
至仏山荘の軒下を拝借

 8:07 野中のバス停に到着。ペットボトルには、道すがら摘んできたムカゴが10cmほど溜まっていた。8:30のバスに乗り六日町に到着。9:22の電車に乗る。八海山が綺麗に見える。なぜ、こんなにいい天気なのに電車に乗っていなければいけないのだろう。恨めしい天気だ。越後湯沢で途中下車する。沼田行きの電車まで2時間の待ち合わせだ。書店で最新の尾瀬の地図を買う。僕が持っている2008年版にくらべて、大分、地図上のコメントが増えている。小屋の営業期間やアクセスルートの通行止め期間の追記が主だ。
 13:15 沼田でビールを買って大清水行きのバスに乗り込む。戸倉で鳩待峠行きのマイクロバスに乗り換える。美しく紅葉した沢沿いの道を35分ほど走ると鳩待峠に到着。鳩待小屋はすでに営業を終了している。鳩待峠休憩所で駐車場の隅にテントを張らせてもらえないかとお願いしてみたが、見える範囲では張らないでほしいとの事。尾瀬ではルールを守らないといけない。
 15:31 突然降り出した雨に、合羽を着て、山ノ鼻キャンプ場を目指す。
 16:18 途中で何人かのハイカーには出会ったが、山ノ鼻には誰もおらず、ひっそりとしていた。ビジターセンターに明かりがついていたので、声をかける。「もうキャンプ場の受付の至仏山荘は閉じているから、どこでも好きなところにテントを張ってよい。水はビジターセンターで、トイレは公衆トイレを利用して」と、とても親切に教えてくれた。至仏山荘小屋の屋根の下にテントを張らせて貰うことにする。若干、カメムシの匂いがするが、この天気では、屋根があることの方がありがたい。梅酒で乾杯。メインディッシュは、具沢山のほうとう。夜になると風雨が強まる。ロープを張って干していた合羽が飛ばされる音がしたので、夜中に起き出して回収。ツェルトで包んでしっかりと縛る。

11月2日 火曜日 霙−晴−夜雪

 4:30起床。お餅のスープの朝食。霙が降っていて、うっすらと雪が積もっている。トイレに移動してパッキングをする。
 6:25 トイレ内でストレッチを済ませて出発。昨日歩いた道を鳩待峠まで登り返す。
 7:30−41 鳩待峠で気合いを入れなおす。ここからが、いよいよ分水嶺だ。70mほどの急登をこなした後は、木道が整備された笹原の中の道を緩やかに登っていく。最初の湿原は横田代。東の空は青空だ。西方には、雲が広がっているが、いつのまにか至仏山も頂上を見せている。
山ノ鼻キャンプ場 横田代
寒いよ〜 早く行こう

うっすらと雪を被った、横田代の木道

横田代からの展望
上越の山は真っ白。昨日、丹後山に登っていたらラッセルを強いられただろう

アヤメ平
越後の山々は、わずかの間に雪雲に覆われた

 アヤメ平までくると正面に燧ケ岳が見えた。後ろを振り向くと、先ほどまで見えていた越後の山々は黒々とした雪雲に隠れている。やはり、上越の山の冬は侮れない。木道の上の積雪は5cmぐらい。うかつに歩くと雪の層ごとずるっと滑る。十秒ごとに誰かが転ぶような状況になり、アイゼンを付ける。
 10:21−33 富士見峠に到着。工事業者の方が、「今からトイレの冬仕舞いをするから、使うのであれば、先にどうぞ」と声をかけてくれる。Ym,Ysが今季最後の使用者となった。湿った新雪は団子となって足が重くなるだけなので、アイゼンを外す。林道を白尾山方面に登っていくと、マイクロ波の中継施設のところで林道が終わり、登山道となる。
 11:29−49 笹が刈られた道を登っていくと、白尾山についた。標高2003mは、今回の最高峰だ。物見山だと思っていたピークは、男体山と同定した。しかし、帰宅後、カシミールで確認したら、日光白根だった。山座同定は難しい。
白尾山から南東
白尾山手前から南東方向

白尾山から東
白尾山さきから東方向 当初計画では黒岩山の先まで行っていたはずだったが、、

大清水平
正面の林の中を小尾根が分水嶺

 白尾山からの下りは、かなりの急坂だ。
 13:26−30 皿伏山から下っていくと大清水平に着く。木道の上を水が流れている。この辺りの分水嶺の道程は難しいが、この湿原は、太平洋側にある。分水嶺は、湿原の北側を通り、正面に見える小さな尾根を南東方向に続いていると思う。その尾根筋を確認。歩けないような密林ではないが、尾瀬で登山道に沿って歩くのがルール。尾瀬沼沿いの木道に下る。僕は、分水嶺の峠を踏むために、尾瀬沼山荘から三平峠を往復するつもりであるが、他のメンバーはすでに行ったことがあるのでパスするという。今日のルートは、一般道とはいえ、なかなかハードな行程だった。おまけに滑ったり、転んだりで体力を消耗している。Ysは、滑ってぶつけた腰が痛そうだ。
 15:04−09 尾瀬沼山荘で、テントをKsに渡して、単身で三平峠に向かう。
 15:23−25 三平峠で大清水平からの尾根、そして、オモジロ山に登る尾根を確認する。
 15:37 尾瀬沼山荘まで戻り長蔵小屋を目指す。
 15:52 長蔵小屋では、先に到着していたメンバーが幕営地を探していた。キャンプ場の管理をしている尾瀬沼ヒュッテは営業を終了していたが、長蔵小屋のスタッフが、明日の朝までトイレと水場を使えるようにしておいてくれると言ってくれた。木の陰になり雪が積もっていないサイトを見つけてテントを設営する。
山ノ鼻キャンプ場 横田代
尾瀬を開発から守った長蔵小屋の平野長靖さん
が亡くなった三平峠

尾瀬沼キャンプ場

 また、霙が降り始めた。花梨酒で乾杯。十字峡で摘んできたムカゴの塩茹でがおいしい。メインディッシュはカレー。昨日は隅に寝て寒かったが、今日は、真ん中に寝せてもらう。

11月1日 月曜日 雪−晴

 4:50 今日は4時間ほど歩くだけだと思うと、すっかり気がゆるみ寝過ごしてしまった。テントの側面をつつくとバサッと音がして雪が落ちて、テントの中が明るくなった。にゅう麺にお餅を入れて食べる。
 6:56 テントを撤収して、先ずは、トイレに向かう。女性トイレの入り口は、雪囲いの木板が積まれているが、男性トイレは、またげる程度の高さにしてくれていた。トイレのチップ入れに昨日と同様¥1,000を入れる。
 7:14 ストレッチをして出発。このぐらいの雪になると、木道の上も滑りにくくなる。
 8:11−16 200mほど登ると右手から来た分水嶺の尾根に乗る。
 8:34−41 はっきりしない尾根を下ると小淵沢田代だ。
山ノ鼻キャンプ場 横田代
昨夜の雪で木道が隠れるほどの積雪になる

分水嶺上にある湿原 小淵沢田代

山ノ鼻キャンプ場 横田代
8:58 袴腰山に向けて少し登ったところで分水嶺を離脱

小淵沢沿いの登山道はトラロープがあるような急坂

アヤメ平
奥鬼怒林道と合流で鹿柵のゲートを通過

 10:06 小淵沢沿いの登山道をぐいぐいと降りて、林道に降り立つ。林道をしばらく歩いていたら、山ブドウが落ちているのに気づく。上を見上げると大きなブドウの木があった。10分間のぶどう狩りタイムを宣言して、皆でぶどうを拾う。しかし、落ちているものを拾うだけでは、大収穫というわけにはいかない。皆が拾った分を僕が代表して持ち帰ることになった。責任重大だ。
 10:59−11:02 奥鬼怒林道と合流。昭文社の地図だと、分水嶺の分岐からここまで1時間とかかれているが、2時間を要した。ぶどう狩りタイムは別としても、1時間で下ることは到底無理だ。登りのコースタイム1:50も無理だろう。次回、ここを登り返すときには、気を付つけなくてはいけない。鹿柵を越えて林道を歩く。ここまで下ってくると雪は少ない。紅葉を愛でながら大清水を目指す。
 11:47 大清水に到着。少し荷物を整理して、すぐに11:50発のバスに乗り込む。バスに乗ってすぐに、メガネがないことに気づく。皆とは、吹き割りの湯の近くの立ち寄り湯で落ち合うことにして、戸倉で下車。再び、大清水行のバスに乗り込む。
 12:23 往復1180円のバス代を払って、大清水に戻ってきたが、メガネはない。もっと上の登山道で落としてきたのか、、と悲嘆にくれて、ザックの整理をしようとしたら、ザックカバーの底からメガネと地図が出てきた。時間を無駄にしたことは悔しいけれど、ひと安心。12:55のバスで皆を追いかける。
 13:40−15:43 わたすげの湯の駐車場では、Tbが手を振って迎えてくれた。他のメンバーは、まだ、ゆっくりとお風呂に入っているとのこと。テントを干してくれるというのお願いして、お風呂に入る。男湯の露天風呂ではKsがツェルトを干していた。ゆっくりとお風呂に入ってから、隣のレストラン「水芭蕉」で反省会。ここの親父は、なかなかの商売上手。次に来るのであれば、2食+沼田―大清水の送迎付きで一人一万円とのこと。次回は、夜行バスで早朝に大清水に入ってしまう予定であるが、心の片隅には記憶しておこう。


 5日間の連休を確保して臨んだ分水嶺。結果としては、一日分の行程を稼いだだけとなった。冬の日本海側の山の天気の難しさを知った。この時期、下界の天気予報で山の天気を推定するのは危険である。今回の、出発前の計画変更、十字峡での転進の判断。正しかったのかどうか、今でもよくわからない。間違った撤退は何度してもかまわない。しかし、間違った突入は取り返しのつかない事態を招く。止める勇気は大事だ。昨夜、栗城史多の「一歩を越える勇気」を読んだ。大事なのは、夢の達成を目指して取り組み続けること。その過程において、予定どおりに行けた山行も、そうでなかった山行も、同じように価値のある一歩である。

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