2010年10月18日
中央分水嶺踏破シリーズ12
巻機山〜本谷山 山行記
みろく山の会
9月に引き続き、利根川源流部の薮に挑む。前回の終着地、巻機山を起点に群馬/新潟県境の中央分水嶺を丹後山まで歩き、十字峡に降りるコースだ。分水嶺としては延長15km程度しかないが、これを4日間かけて抜けようという計画。残雪期にはよく歩かれているコースではあるが、無雪期には、慶應大ワンゲル部がリーダ養成として4泊5日で歩いた例など、数えるほどしか記録のない薮深きコースである。分水嶺シリーズとして最少人数となった5名のパーティで挑戦した。
このところ分水嶺の天気運はよろしくない。7日の夜に決行を決めたときには、初日の降水確率が50%だったのが、出発の朝には、70%になってしまった。それでも、後半2日間の予報が晴れであることに期待を込めて出発することにした。
10月9日 土曜日 雨
前回は、集合時間ぎりぎりに東京駅に行き、他のメンバーに席を確保してもらったので、今回は、集合時間の15分前に東京駅に行く。後発列車の待ち行列の2番目にザックを置く。MaXとき303号の2階席に6人向かい合わせで席を確保。例によって、Mkは、単独で3号車に席を確保していったが、呼びに行って5名が揃う。本当は、6名のはずだったのだが、直前になって、Ymが腰痛で脱落。メンバーが減るのは残念だが、まだまだ続く分水嶺、これからのことを考えれば、無理はしない方が良い。あれこれと、話をしているうちに、越後湯沢に到着。在来線に乗り換えて塩沢まで行き、予約していたジャンボタクシーで巻機山登山口に向かう。前回は、刈り入れ前だった南魚沼の水田地帯は、すっかり稲刈りが終わり、二番芽が出ている。季節の移り変わりは速いものだ。桜坂の駐車場には、車が15台ほど泊まっていた。こんな天気でも、登山者が多い。さすがに百名山。
9:20 ストレッチをして出発。すぐの分岐を井戸尾根方面に向かう。当初予定では、割引沢に沿ったルートを登る予定だったが、天候が良くないので、より安全なルートを選択した。前回は、ヘッドライトの明かりを頼りにつるつると滑りながら降りた道だが、明るい時間帯に登る分には、それほど悪い道ではない。
10:26−40 五合目で一本立てる。ぽつぽつと降り出した雨に合羽を着る。眼下には米子沢が見える。いちどは遡行したい沢だ。
このルートには、東京学芸大の合目を示す標識が立っている。それも、五合五勺などと、小数点付きも含めてコマメに設置されている。1128m地点が五合目、1350m地点が六合目、1961mの前巻機山が九合目となっている。とするといったん下がる避難小屋は何合目なの?所要時間が基準だと考えれば矛盾はないか?などと、と他愛もないことなことを考えながら歩く。高度があがっていくと、樹木のざわめきから、相当強い風が吹いていることがわかる。
11:33−43 六合目を過ぎた地点で、2回目の休憩。登山者が、時折降りてくる。こんな早い時間に降りてくるとは、相当早い時間に出発したのかと聞いて見ると、強風のため、七合目で引き返してきたという。他の登山者も八合目で引き返してきたなどという。確かにtenki.jpの数値予報でも10m/sを越える風が予想されていた。
12:05 7合目を過ぎると、針葉樹の樹林帯を出て、落葉灌木帯に入る。木々が、思い思いの色に染まっている。
たしかに風が強く、時々、体を振られるが、歩けないような風ではない。
12:53 前巻機山。雨脚も強まり、立ち止まることなく通過。
13:01 すべりやすい木道を気を付けて下ると、避難小屋に着く。当初予定では、今日の宿泊地は、牛ヶ岳の先の尾根の予定。後の日程を考えると、なるべく先に進んでおきたいのだけど、この風の中でテントを張るのは大変。平成16年に改築された綺麗な小屋の魅力に負けて、今日の行動を打ち切る。入口に何着かの合羽がかけられていたが、1階には人はいなかった。2階を覗くと、4パーティ程がいたが、まだスペースがあるようだったので、2階に登る。単独行者の横のスペースを使わせてもらうことにする。「明日はどこに行くのですか?」と聞くと、朝日岳に向かうという。「そこは、一ヶ月前に歩きました。我々は、丹後山へ向かいます。」というと、「そのルートは残雪期に歩きました。」という。どうやら同好の士のようだ。お名前を伺ったら、「山が一番」の椛澤さんだった。群馬県境を歩かれていて、山行記を参考にさせていただいていた方だ。それぞれのルートについて貴重な情報交換をさせていただく。三脚を貸していただいて一緒に写真を撮る。
14:18−14:35 温かい飲み物を飲んで一息ついてから、水汲みにいく。下り7分、登り5分の距離に小沢が流れている。持っていた容器全てに水を入れる。小屋に戻り、明日からのヤブとの格闘を前に壮行会の開始。先ずは、Ys‘s母の味のかりん酒で乾杯。Mtの赤ワイン、Mkの白ワインと次々と酒が出てくる。今日のメインディッシュは、Ksリクエストの高座豚の味噌漬け。御飯の炊き方もKsのリクエストに応えて、柔らかめにする。自称飯炊きおばさんのTbは、好みに合わせて、炊き上がりを調整する腕の持ち主。
1階には、米子沢の登ってきた学生のパーティが陣取った。彼らが取った天気図を見せてもらうと、沖縄付近に低気圧があり、朝鮮半島にも小さい低気圧がある。事前に調べていた予想天気図と概ね同じ配置だ。ミニ二つ玉低気圧だが、これが抜けてしまえば、明後日には天気が回復するだろう。明日は、今日の遅れを取り戻すため、未明出発の予定とする。快適な小屋で、体を目いっぱい伸ばして寝る。
10月10日 月曜日 霧−曇
3時半に起床。2階に宿泊の他パーティは、まだ寝ている。静かに朝食を済ます。天気予報によると、今日はすっきりしないようだが、明日からは快方に向かうようだ。椛澤さんは、朝日岳への下山は断念して、今日下山するとのこと。我々は、昨日の遅れを取り戻すために、暗いうちに登山道を頂上まで登ってしまう計画だ。
4:50 ストレッチを行い、一足先に出発した学生パーティのヘッドライトを追いかける。
5:14−20 稜線に出る。ヘッドライトをしまう。明るくなるとともにガスも下がって視界が出てきた。
5:30 標識もなにも無い山頂を通過。前回、必死の思いで稜線にたどりついた地点を過ぎて、牛ヶ岳に向かう。右側に見えてきたのがこれから向かう尾根だ。
5:48−57 三角点のある牛ヶ岳で小休止。少し戻ったところから東に向かう尾根に乗る。頂上直下は池塘のある草地になっている。幕営に適した場所だ。草地はすぐに終わり、笹薮に突入。笹の丈は腰程度。ところどころには踏み跡らしきものもあり快調に進む。
7:26−39 1896m点で最初の大休止。牛ヶ岳から1.3kmの距離を1時間半。時速0.9kmは、薮山行としては、かなり順調な部類に入る。次第に灌木混じりの薮になりペースも落ちる。順次トップを変わりながら最低鞍部を目指して小さなアップダウンを越えていく。
9:12−19 1834.7mの小ピークの前で小休止。天気は下り坂。視界が利かない藪を黙々と歩く。
10:17 1681m地点で、南東の尾根に引き込まれそうになるが、すぐに気づいて、北東の尾根に進路をとる。視界の悪い中では、GPSが強力なツールになるのだが、雨の中では、防水性能が完璧でないガーミンのGPSは、頻繁には出したくない。
11:46−53 最低鞍部を過ぎて三ツ石山への登りにさしかかったところで一本立てる。厳しい薮の登りにペースが上がらない。予定通りに丹後山経由で下山するためには、今日、下津川山まで行く必要があるが、すでに絶望的なペース。15:00までは行動、その後、テント適地を見つけ次第、幕営、という方針を立てる。どこまで行けるかで、明日進む方向が決まる。
13:22−33 三ツ石山山頂。エスケープルートとして計画している本谷山からの登山道を下るとしても、4日間で下山するためには、今日は、三ツ石山先の最低鞍部を通過することが、最低条件。
14:43−50 1500mの最低鞍部。当初計画ではここで、群馬側の沢に下りて、水を補給することも考えていた。確かに、水がありそうな沢筋は見えるが、相当な急峻な草地を下降することになる。巻機山から担いできた水で明朝分までは賄える予定なので、水の供給はせずに、先を目指す。15:00を過ぎていないので、もうひと頑張りする。深い笹薮にペースは上がらない。
16:02 笹薮の中に何とかテントを張れそうな場所を見つけ、本日の幕営地とすることにする。なんとか、最低限の目標地点には達成。テントを張ると、足側も頭側も下がっている。ザックを詰め込むが、それでも窪みが残る。さらに、横方向にも若干傾斜がある。これは、どこに寝るかで随分と安眠度に差が出そうだ。とにかくは、テントに収まって祝杯。今日のメインディッシュは親子丼。味は良かったが、荷物に余裕があれば、鶏肉を追加すると尚グッドのようだ。さて、寝る段になってひと騒動だ。僕は、一番高い側の隅に群馬側を頭にして寝ることにする。一番低い側にはKs。安定した体勢を確保するのに苦労しているようだ。女性人2人は、新潟側を頭に。いろいろなものを詰め込んで、なんとか寝れる体勢を取ろうとするが、なかなか安定しない。僕も、足を伸ばして寝ていたつもりが、ずるずると下がっていき、膝が曲がっていく。膝を伸ばして、元の体勢に戻ろうとすると、Ysさんの方にずり落ちてしまうので、必死にテントの隅を掴んで必死に体を引き上げる。おまけに、予想外に外は雨。風も強く、結露した水が、容赦なく顔面に降りかかってくる。みんなの格闘は未明まで続いた。
10月11日 月曜日 体育の日 雨−曇
3:40起床。携帯が繋がらず、ラジオで天気予報を確認。各地、午前中雲が残るものの行楽日和との予報。ただし、新潟地方は、昼まで雲が残るとのこと。
5:42 明るくなるのを待って出発。深い笹薮の登りからのスタートだ。1790.4mポイントでは、案の定、道を間違える。分水嶺は、三角点がある主尾根ではなく、東の子尾根に続いているのだ。GPSは肩ベルトにつけているものの、防水のためポリ袋に入れている。細かく見ようと思うと、袋から出さないといけないのだが、見ているうちに、どんどん水滴でぬれていく。今度の最新GPSは、さすがに故障させたくない。そもそも、晴れていれば前方に目標とする小沢山が見えており、小沢山の反対方向を向いている尾根などに迷い込むはずがない。恨めしきは天気なり。
8:37−53 1869mポイントで休憩。
10:28−41 小沢山。
潅木交じりの藪が続く。
下津川山の手前、1884mの先は、痩せた岩嶺になっている。ここは、踏み跡を辿って突破する。
下津川山への最後の登りでは、今回の分水嶺で、唯一のテープを発見。
12:43−13:08 頂上には、三角点。そして、下津川山(しもつごうやま)の標識まであった。ようやく、人の匂いを感じるところまでやってきた。
下津川山を過ぎると、ようやく予報どおりにガスが晴れてきた。視界には紅葉した山肌。我々は、こんなに綺麗なところを歩いていたの?この景色を見ながらだったら、もっと楽しく歩けたのに。
14:19−33 1725mポイントの手前で小さな池塘を発見。水を4リットルほど補給。あまり綺麗でない池塘であるが、水は澄んでいる。これで、本谷山までの水を確保して、ひと安心だ。
15:00−11 1725mポイントから下がったところで、テントが張れそうな場所を発見。でも、テントの面積に対して少し面積が足りない。また、昨夜の様に床面傾斜に苦しむことになりそうだ。Ysと共に少し先のピークに登ったら、前方に広い笹原が見えたので、そこまで足を延ばすことにする。うっすらと流れてきたガスに西日が当たり、綺麗なブロッケンが見られた。
15:30 1725mと1712mポイントの中間鞍部の笹原に到着。広い笹原ではあるが、いざテントを張ろうと思うと、なかなか2m四方の平地は見つからない。いろいろ歩いて最適地を探す。テントを開いて、笹薮の上に干し、テントを張る場所には、先ずは銀マットだけを敷いて車座に座る。Tb家特製の梅酒で乾杯。
肴には、蛍烏賊、アジの干物を焼く。昨日は、テント内に煙が充満して閉口したが、今日は青空の下で気兼ねなく焼ける。明日の下山が見通せたので、気持ちも晴れ晴れだ。携帯で天気を確認すると、全国的に行楽日和だったと。天気図を確認すると、日本海の低気圧から伸びる温暖前線が上越地方だけに掛かっている。この温暖前線が、この地方だけ天気の回復が遅れた原因だ。明日も、快晴という訳には行かないようだが、午後には日差しが得られそう。みんなの体重で押しつぶした笹の上にテントを張る。一部だけが少々下がっているが、ザックを詰めて水平にする。カレーの夕食。ウコン酒、ウイスキー、ブランデーと、最終日になっても酒肴は十分にある。
10月12日 火曜日 雨−晴れ
4:00起床。今日中に下山できる確信が持てたので、ゆっくりとする。昨日と違って、ほぼフラットに張れたので、安眠できた。辺りが明るくなるのを待ってテントを撤収する。
5:58 残り僅かとなった藪漕ぎのスタート。今日もガスの中でのスタート。でも空気はさわやかだ。
6:31−36 1712mポイントで小休止。正面に西本谷山、左手にはそこから延びる尾根が延びている。あの尾根には立派な登山道があるはずだ。藪は相変わらずだが、紅葉をめでながらの推進に力が入る。
8:10 長い笹薮を突破し、最後はCL,SLが手をつないで登山道に出る。そして、無事に到着したことを祝して記念撮影をする。
十字峡に向かう道は、立派な登山道だ。Ksの膝の状態も、それほどひどくない様子。4時間半のコースタイムに対して、5時間半を見込むことにし、タクシーに14時に迎えに来てもらうように電話をする。
8:32 下山開始。しばらくは見晴らしが良い尾根を下っていく。左手には、苦労して歩いてきた尾根が見える。山肌は綺麗に紅葉している。
1600m付近から尾根は急降下する。岩場、痩せ尾根が断続的に現れる。1350m付近では、5mほどの岩場を鎖を伝って降りる。さらに、降りたところが両端が切れ落ちた痩せ尾根になっている。
10:10−30 三十倉で休憩。Tbは、5月連休に、この尾根を登るのは厳しいのではないか?という。先ほどの鎖場が氷がつくと確かに怖そう。でも、今回このルートを下りてしまった以上、来年の5月は、このルートを登り返して、平ヶ岳方面に向かいたい。支点にできる樹木は沢山あるので、いざとなればロープを出して突破するか?やはり、安全第一で、本谷山―丹後山間は、別途、秋に計画すべきか?いろいろと悩みながら登山道を下る。路は紅葉した樹林帯に入るが、ところどころ急な坂が出てくる。
12:36−40 内膳落合で平太沢を渡ると、後は林道歩き。
13:08 丹後山に登る登山口の標識を過ぎると直ぐに栃木橋。対岸から栃木沢が合流してくる。三国川の左岸に沿って林道が続く。左側は岩壁、右側の30m下を轟々と川が流れている。ここが、残雪期には恐怖のトラバースとなる場所だ。確かにこの急峻ながけを削って作った林道が雪で覆われた状態を想像すると、相当の恐怖感を味わうことになりそうだ。
13:40 十字峡トンネルの出口の手前で、車止めのゲートをすり抜ける。ここまでは、タクシーが来れるはずだが、姿が見えない。携帯は圏外。しかたなく、右岸の車道を十字峡小屋まで歩く。
13:55 タクシーはどこだろうときょろきょろしていると、向こうからタクシーがやってきた。定刻どおりだ。早速乗り込んで、六日町の中央温泉に向かう。昔ながらの番台で250円を払う。自分でも靴の匂いに耐えられないような状態。さぞ、周りは迷惑だったことだろう。あとから来た常連客の中には、我々の姿を見て帰ってしまった人もいたようだ。さっぱりして、さて打ち上げ。タクシーの運転手に教えてもらった、あさひ食堂に向かうが、準備中の札。その他、いくつかの店があったが、のれんが出ていても準備中ばかり。駅前にやっと見つけたのが、ほんだや食堂。早速、生ビールを頼む。モツ煮、おしんこ、から揚げとつまみを頼む。どれも、山盛りで味も抜群。
Tbは、から揚げ定食、Ysはカツ丼を頼む。御飯はもちろん、コシヒカリ。お酒は八海山。僕はダメ押しでとんかつ定食を食べる。これだから、山に行っても体重が減らないわけだ。六日町から普通電車に乗って、越後湯沢へ。テントを提供してくれたHrちゃんへのお土産を買って帰路に着いた。
前回に続き、大薮のコース。しかも、1日プラスの4日間。めまぐるしく変わる天気予報に翻弄された山行だった。初日の強風による小屋泊まり。予想してはいたものの、やっぱり厳しい藪に阻まれて遅々とした工程。2日目の三ツ石山通過時点で、当初計画の3時間半遅れとなった。あとから聞くところによると、メンバーの中には、2泊目の泊地から引き返すのではないかと考えていた人もいたようだ。僕自身は、2日目の藪の状況から、最終目的地の丹後山は早々に諦めたものの、三ツ石山を越えた時点で、本谷山まで行くことに迷いはなかった。本当は、後半の天気の悪化を想定して、もう少し慎重に考える必要があったのかもしれない。結果として、結論は変わらなかったと思うけれど、自然に対しては常に謙虚なリスク分析をすべきであったと少々反省した。この山行記は、下山して1週間ほどの時間を経て書いている。1週間もたつと、苦しかったことは忘れて、楽しかったことだけが残るものだ。後半の記述は、歩いていたときの感じ方よりも、かなり楽観的なものになっていると思う。そして、次の山行計画を考える。性懲りもなく、また、チャレンジングな計画を。今度は、分水嶺で最長の4泊5日の藪山行だ。
10月 9日 歩行距離 4.1km 行動時間 3:42 平均速度 1.2 km/h
10月10日 歩行距離 7.9km 行動時間 11:45 平均速度 0.7 km/h
10月11日 歩行距離 5.1km 行動時間 11:12 平均速度 0.5 km/h
10月11日 歩行距離 10.3km 行動時間 8:09 平均速度 1.3 km/h